有償支給取引と「収益認識に関する会計基準」

◆IPO準備における収益認識に関する会計基準の導入の検討の必要性

財務会計では、「収益に関する会計基準」「収益に関する会計基準の適用指針」が公認会計士協会から公表されています。連結財務諸表のみならざ、個別財務諸表作成の際にも適用が求められています。そのため、上場会社では当該会計基準の適用が必要になります。

法人税、税務申告会計では、国税庁が「収益認識に関する会計基準への対応」を発表するとともに法人税法22条の2を新設し、当該会計基準に従った処理を認めるとしています。がその一方で、中小企業(監査対象法人以外)については引き続き従来の企業会計原則に即した会計処理も可能としています。

実務上、中小企業は、従来の企業会計原則に即した会計処理を適用することが一般的ですので、IPO準備を始めると、上場会社特有の会計処理として「収益に関する会計基準」の導入の検討が必要になります。


ちなみに、消費税法の対応は、当該会計基準の導入により何も変わらないので、実務上、消費税の計算への対応も必要になります。これは別に供述する予定です。


◆有償支給取引とは

製造業に見られる取引で、製品の製造が完了するまでの製造過程の途中で、一部、加工外注を利用する場合に、原材料や仕掛品を外注業者に有償で支給し、加工終了後に引き取る取引のことです。

有償支給取引の場合、有償支給の金額は、原材料や仕掛品といった棚卸資産の金額より高いのが通常です。有償支給として渡す原材料や仕掛品に一定の利益をのせた単価が設定されます。

対して、無償支給取引は、製品の製造が完了するまでの製造過程の途中で、一部、加工外注を利用する場合に、原材料や仕掛品を外注業者に無償で支給し、加工終了後に引き取る取引のことです。


収益認識に関する会計基準では、収益の二重計上を避けるために有償支給の段階で収益を認識してはいけないとされています。

■有償支給取引では収益を認識しない

  • 有償取引では、支給品の譲渡にかかる収益 と 最終製品の販売に係る収益が二重に計上されることを避けるために、当該有償品の譲渡にかかる収益は認識しない(収益認識適用指針104項、179項)

  • 最終製品の譲渡時には、通常製品と同じで収益を認識する



有償支給の段階で、支給品の消滅を認識するかどうかは、買い戻し義務のあるなしで分けられています。

■買戻し義務の有無

  • 買い戻し義務がなければ、支給品に係る支配は、支給時に移転していると考えられるので、有償支給時に一緒に当該支給品の消滅を認識します。

  • 買い戻し義務がある場合、支給品に係る支配は、支給時に移転してないと考えられるので、有償支給時に当該支給品の消滅は認識しません。



収益認識に関する会計基準の導入により、会計処理の検討のみならず、現状の取引条件や契約、在庫管理についての権利や責任の見直しといった業務変更の検討が必要になります。

実は、支給品の実地棚卸が、有償支給取引における実務上の問題

収益認識に関する会計基準はIFRS(国際会計基準)が元の基準なので、原則的で、純理論的なところがあります。そのため、たまに実務運用を考えた時には、その会計処理をとるのが大変だということがあります。

  • 買い戻し義務がない場合、支給品の現物は支給先にあり、棚卸資産は支給先の会計帳簿に計上されています。現物在庫と会計帳簿上の在庫が、両方支給先にあり、現物と会計帳簿が整合しています。

  • 買い戻し義務がある場合の会計処理をすると、支給品の現物は支給先にあり、棚卸資産は支給元の会計帳簿に計上されたままです。現物在庫と会計帳簿上の在庫が、支給先と支給もとに分かれることになり不整合しています。

期末において、在庫現物を実地で数えて、帳簿在庫を修正するという作業が実地棚卸という作業です。

  • 買い戻し義務がない場合、支給先で実地棚卸を行えばいいのですから、現物在庫の期末での実在性の確認は問題となりません。

  • 買い戻し義務がある場合、支給元では実地棚卸を行えないことから、現物在庫の期末での実在性の確認が問題となります。ただ、実務上は、支給先で実地棚卸を行ってもらい報告を受けるという方法等を用いると思いますので、あまり実地棚卸についての問題はありません。


本当の課題は、有償支給取引をすること自体を見直さなければならないのではないか?ということです。

そもそも、一般的な有償支給取引は、支給品の在庫リスクを支給先に負わせること、在庫管理を支給先負担とさせることを目的としており、一定の上乗せ利益も支給品をすべて納品させるための保証金的意味から設けられたものでもうけを得るためのものではありません。

このように、通常の有償支給取引は、買い戻し義務がありますが、在庫の帳簿計上も在庫の現物管理も支給先にしてほしいものなんです。

でも、収益認識に関する会計基準を適用すると、在庫の帳簿計上は自分のところに残ります。在庫の現物管理はどうなるかは別に決めなければならないでしょう。

このようになるのであれば、有償支給取引をする目的を果たすことができなくなります。いっそのこと無償支給取引としてしまった方が、在庫の帳簿計上は自分のところに残り、在庫の現物管理の権利も自分のところに残って、やりやすくなります。

有償支給取引を継続するかどうか、無償支給取引に切り替えるかどうかの検討の必要が出てきます。


新しい会計基準の導入を検討する場合、会計処理の変更のみならず、取引条件や取引の仕方の見直しという業務上の変更の検討も必要になることがあります。