IPOと「収益認識に関する会計基準」の導入検討プロセス(プロジェクト)
◆収益認識に関する会計基準導入検討プロセス。
■進め方例
1.調査する
2.基本方針を作る(事業が複雑でないなら5個以下にまとまるはず)
3.基本方針から外れている特殊事例が無いか再度調査する
4.特殊事例も含めた収益会計基準規程を作る(特殊事例取引を取りやめることも考慮してください)
5.内部統制の構築、情報処理プロセスの構築
◆収益認識に関する会計基準の導入の影響の範囲は会計処理だけでなく、取引の仕方や業務プロセス、システムに及びます
会社の置かれている状況により異なりますが、一部の売上高の計上金額や計上時期を変えなければならないことがあり、それに合わせて業務システムや会計システムの処理の仕方が変わることがあります。
■変更しなければならない可能性がある点
収益認識に関する基準の導入適用により、
収益認識の基本的な考え方が変わります。
売上高や売上原価、販売管理費等の計上金額が変わるものがあります。
売上高の計上時期が変わるものがあります
売上高計上に見積り要素が取り入れられおり、事後的に売上高が変更することが起こるようにもなります。
売上等の計上ロジックが変更になるので、業務システムや会計システムの処理の仕方を変える必要があります。
取引の仕方がバラバラになっている現状を改善する必要がでてくるかもしれません。
予算の立て方にも影響します。
◆収益認識に関する会計基準をざっくりととらえる
収益認識に関する会計基準は、売上の会計処理についての会計基準です。
■キーワード
『履行義務の完了』
■基本的な考え方
「顧客との関係で、履行義務を完了したといえる時が売上計上タイミングであり、履行完了により請求できる金額が売上計上金額である」です。
あなたの会社は顧客に対してどんな履行義務を負っているかを明確にすることが一番大事です。
※基準の詳細な解説はこのページでは実施してません。詳細な解説が必要な方は、監査法人系のホームページを検索してください。「監査法人、収益認識」といった検索ワードで見つけられると思います。
◆収益認識に関する会計基準適用の準備はいつまでに完了してなければならない?
基準で示されている原則適用開始時までです。具体的には
◆3月決算会社 ⇒ 2021年3月31日 までに準備完了
◆12月決算会社 ⇒ 2021年12月31日 までに準備完了
基準では、原則適用は2021年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から とされています。
ところで、会社では予算や計画を立てたり、業績予想を公表したりしなければなりません。
それを考慮すると、本来は上記の1年前ぐらいには準備完了が望ましいです。
3月決算あれば、2020年3月末までに準備を完了しておくことが理想でした。準備完了してます?
◆IPO準備における収益認識に関する会計基準の導入の検討の必要性
実務上、IPO準備を始めると、上場会社特有の会計処理の適用が必要になりますので「収益に関する会計基準」の導入の検討が必要になります。
財務会計では、「収益に関する会計基準」「収益に関する会計基準の適用指針」が公認会計士協会から公表されています。連結財務諸表のみならず、個別財務諸表作成の際にも適用が求められています。そのため、上場会社では当該会計基準の適用が必要になります。
法人税、税務申告会計では、国税庁が「収益認識に関する会計基準への対応」を発表するとともに法人税法22条の2を新設し、当該会計基準に従った処理を認めるとしています。がその一方で、中小企業(監査対象法人以外)については引き続き従来の企業会計原則に即した会計処理も可能としています。
ちなみに、消費税法の対応は、当該会計基準の導入により何も変わらないので、実務上、消費税の計算への対応も必要になります。これは別に供述する予定です。
◆収益認識に関する会計基準の導入の進め方のポイント2点
1.必ず、プロジェクトチームで実行する
2.必ず、プレプロジェクトと本プロジェクトの2段階で実行する
(おすすめ)小規模企業前提で、
経理部(管理部)の少人数で、実態調査を実施し、収益認識に関する会計基準の適用方針【基本方針案】を決定してしまう
今後の本プロジェクトの展開案を作成し、社内提案を実施する。
社内の関係各所への意見徴収を行う。基本方針からのズレがありそうならこの段階で情報収集する。
社内及び監査法人向けの説明資料を作成し、収益認識会計基準の適用方針についての同意を取り確定する。
企業規模が大きくなったり、子会社がある場合には、
3.の段階が多くなるだけです。
担当者1名に丸投げはお勧めしません。
他部門との折衝や経営層への説明もあれば、社内への意見調整もあります。監査法人への説明相談といった社外との折衝もあります。また、収益認識基準はIFRSを元にしているので難解なところがあります。複数人が相談しながら進めていかないとすぐ行き詰ります。
社内に相談相手がいない場合は、社外に相談相手を準備することが望まれます。
少人数でプレプロジェクト(準備プロジェクト)を始めましょう。最小パックは、経理部内で、担当2名+上長1名によるプレプロジェクトチーム
基準の理解に時間をとられます。中心人物は、会計基準や適用指針を読み込み、理解する必要があります。現在公表されている会計基準等を読み込んだら、会計士である私でも2日かかりました。このような時間が取れる人数は限られていると思います。
権威付けが必要です。経理部門の他の担当や社内の他部門に質問に答えてもらったり時間をとってもらったりと負担をかけます。プロジェクトという名目があればいろいろな調整がやりやすいと思います。
専門家も利用しやすい。会計及び会計監査の専門家の意見がもらえると進めやすいです。監査法人の担当者もしくはコンサルをポイントポイントで利用しましょう。プロジェクトとしないと外部コンサルに予算は使いにくでしょう。
この段階ではいても邪魔。収益認識会計基準に目を通したこともないメンバーは、この段階ではいても邪魔。
今後の展開についての「展開案を持つ」までが、プレプロジェクトのゴールになります。
プレプロジェクトで、状況及び論点になりそうな点を把握し、収益認識基準導入の基本方針案を作ってしまいます。加えて影響を推定します。
その後、本プロジェクトで進めるのか、プレプロジェクトのメンバーで進めるのか、今後の展開や進め方について社内提案する案を持ちましょう。
業務系のプロセスを変更する必要がないなら、経理部だけで進められますが、業務プロセスの変更を伴うものなら経理部メンバーだけは進められなくなります。
社内に提案します。
◆プレプロジェクト(準備プロジェクト)の進め方
経理部担当2名+上長1名の最低限パックを想定しています。
ゴールは社内への展開案を作ること。そのためには、業務プロセスへの影響、会計処理プロセスへの影響、新会計処理(案)採用による影響額の推定を固めればいい。
そのためには
まず、関連基準を読む時間を確保する。「収益に関する会計基準・適用指針・設例」を読みましょう。また、国税庁ホームページで「「収益認識に関する会計基準」への対応について」が公表されているので、これも読みましょう。
他社のBS,PL,注記を参考にする。国内の収益認識会計基準を早期適用している会社、国内のIFRS適用会社のBS,PL,注記を参考にします。勘定科目や注記の書き方等が特に参考になります。
要は、販売取引タイプを種類ごとに分類し、そのタイプごとに会計処理を明確にすればいい。会計処理が変わるなら、業務プロセス及び会計処理プロセスに影響が出ます。
会計情報を使い調査対象を羅列する。IFRS15号の「顧客との契約に関する収益」が元になっています。顧客から資金を受け取っていれば現状でも必ずなんらかの仕訳を切っています。ヒントは会計情報の中にもあります。試算表、総勘定元帳、会計仕訳といった会計情報から調査対象とすべき販売取引タイプを洗い出しましょう。
検討項目チェックリストで調査対象を羅列する。「収益に関する会計基準」検討項目確認チェックリストのような、基準適用上の検討項目を決めて、プレプロジェクトメンバーだけで検討すべき販売取引タイプを洗い出してみる。
今後の作業も考えて、販売取引タイプの主管部署と主要な得意先をメモしておいた方がいいです。
販売取引タイプごとに、調査で判明した事実もしくは調査で判明するはずの事実を把握し、「収益に関する会計基準・適用指針・設例」に当てはめをします。
表にまとめるか、文書にすることが必要です。
縦軸が取引タイプとし、横軸は調査で判明する予定の事実及び検討事項を必要に応じて追加していきます。
横軸の調査で判明する予定の事実、検討事項は… 表に記載すべき横軸項目は会計基準等を読めば明らかになります(ここでは書きません)。
さて、この調査をはじめると、「今までも売上計上基準間違ってたんじゃない。」ということが出てくると思いますが、そんなことはさらっとおいておいて、未来に向かう検討に集中しましょう。
◆プレ調査で使う「収益に関する会計基準」検討項目確認チェックリスト
質問リストを作って、網羅的に検討する
当然、最終的には「収益に関する会計基準」「収益に関する会計基準の適用指針」に照らして、詳細に検討する必要があります。ただ、検討しなければいけない項目や深度は多岐にわたるので、いきなり取引全体の調査や影響調査を実施すると大変な無駄を生む可能性が高いので、まずは、試算表や仕訳を分析するとともに下記のような質問リストで最初にあたりを付けます。
私が実施するなら、下記のような質問リストを作成します。これを、本社経理や、経営企画、各営業部門に配布回収し、状況の確認及び検討や調査すべき項目の絞り込みを実施します。
例)「収益に関する会計基準」検討項目確認チェックリスト
(基本項目)
販売取引の内容、販売条件、回収条件、権利移転条件が明確になっている
上記が不明確なまま取引はしていない
実質的に同じ内容の販売取引については、顧客ごとにばらばらの販売条件になっていない
(契約における履行義務を識別する)
キャッシュバックやポイントの付与や次回値引といったサービスを実施している
追加修理や保証といった販売完了後にもコストがかかる取引がある
ポイントサービス引当金を計上している
代理販売取引や三者間取引を行っている
(取引価格を算定する)
仮単価、値引、割引、返金といった販売金額や回収金額が事後的に変わる取引がある
返品を日常的に受け入れている
返品調整引当金を計上している
(履行義務に取引価格を配分する)
(履行義務の充足した時又は充足するにつれて収益を認識する)
工事契約取引もしくは類似の取引がある
上記の進捗度を表す信頼性のある情報がある
長期継続的な販売取引やサービス提供取引がある
割賦販売取引がある
委託販売取引がある
消化仕入取引がある
商品券を販売している
買戻特約のある販売取引がある
(重要性等に関する代替的な取り扱い)
期間がごく短い工事契約や受注ソフトウェア製作取引がある
国内取引にて出荷基準を採用している
海外販売取引がある
有償支給取引がある
◆収益認識に関する会計基準の適用方針【基本方針案】を策定する
まず、個々の取引タイプを基本取引タイプに集約します。
プレ調査を実施すればわかることですが、個々の取引のタイプはいくつかの基本タイプに集約することができます。
確かに、細かいところにこだわれば、少しづつ違う取引が多くあります。でも、その一つ一つ違いはそもそも不要なアレンジや基本方針が決まっていないことによって長年の間に生じてしまった違いではないでしょうか?だとしたら、業務ルールの見直しや集約こそが必要であって、個々の取引タイプごとに会計処理を決めてしまうのは不効率です。
また、例外的に発生した取引や、発生頻度が著しく低い取引にこだわらないように注意しましょう。そもそも、そんな取引については発生するたびに、どのように会計基準を適用するかの個別検討が必要であり、事前に決めておくことには向いていません。
次に、基本取引タイプについて、収益に関する会計基準の適用方針【基本方針案】を仮策定してしまいます。
プレプロジェクトチームを作りましたよね。プレプロジェクトメンバーは関連会計基準の読み込みましたよね、相談できる専門家は確保しましたよね。
とすれば、【基本方針案】は作れます。
最後に、本プロジェクトにつなげます。
収益に関する会計基準の適用方針【基本方針案】を作ったら、社内の意見調整、基本方針からギャップの調査、今後の展開をちゃんと検討しないと、生産性が下がります。
収益認識基準は、経理のみならず、社内の全部門及び経営に影響のある事項です。経理が勝手に決めたなど言われては今後に影響します。
個々の取引の仕方を変えてもらわないと、業務プロセス上の不効率を放置することになります。
業務プロセスが不効率なら、会計プロセスはもっと不効率になります。
収益に関する会計基準の適用方針【基本方針案】を作り、監査法人に説明するまでで精いっぱいと力尽きないように、しっかりとゴールを見据えてください。
プレプロジェクトで力尽きて終わらず、ちゃんと本プロジェクトにつなげてください。経理だけで決めるのでなく、最低限、営業を意思決定に巻き込むことが今後のために大事です。